作品集
Portfolio
これは、1996年8月「月刊川柳大学別冊」時実新子の世界に掲載された「時実新子自選百句」を転載したものです。(数字をクリックすると10句ごとにご覧いただけます)
- わが胸で伐採音の絶え間なし
- 君は日の子われは月の子顔上げよ
- 私の男むかしの服は着せませぬ
- ああ肉よモネの睡蓮天に咲く
- 雨の日のダイヤル通じそうで切る
- 一つだけ言葉惜しめばまた逢える
- わたくしは遊女よ昼の灯を点し
- 手が好きでやがてすべてが好きになる
- 死に顔の美しさなど何としよう
- 裏切りの予感 男の髪多き
- 風の駅まもなく電車が入ります
- れんげ田を千枚越えて逃げられぬ
- どうしても好きで涙が膝に落ち
- どこまでが夢の白桃ころがりぬ
- もしかして椿は男かもしれぬ
- 束の間の幸せなれば啼き交す
- 逃げてきた町で鰈を手掴みに
- 舟虫よお前卑怯で美しい
- 昏睡の人にぎっしり木の蕾
- まんじゅしゃげは九月の花のその九月
- ふらんすの傘が乱心そそのかす
- どうぞあなたも孤独であってほしい雨
- 何だ何だと大きな月が昇りくる
- いわし雲人に逢いたいし逢いたくなし
- 長い塀だな長い女の一生だな
- 雀騒然の夕暮れ出て旅へ
- たわむれの鋏が垂直に落ちた
- 蛇の皮たけのこ皮わたしの死
- 人形の首まうしろを見てしまう
- 大いなる許し真昼の百合ひらく
- 一念は両手に櫛を持つごとし
- 黒い牛には黒い覚悟ができている
- 人生も終わりに近き五寸釘
- 急に暗くてぶどうの房を裏返す
- 離れるとバッタの青の心細さ
- 子を憎むなみだとまらぬ赤電話
- こぼれ刃の柄まで通し女とは
- 女かなリンゴがあれば爪立てん
- 豚の鼻ピンク新年おめでとう
- ブランコ静止して疑いは深し
- 膝折って愛に恥などあるものか
- 紫陽花の花の重さもひとつずつ
- 近景の憎きヒマワリ廻る廻る
- いっぽんの箸で秋刀魚を裏返す
- じんとくる手紙をくれたろくでなし
- 鳥籠へ男を返しほうやれば
- 耳の形が思い出せない好きなひと
- 駆けのぼる花火よ天に子がいます
- 不器用な別れ電車の戸を叩く
- 鯖ふたつ並んで恋の末に似る
- 悪い男と心ひとつに薔薇を見た
- あとすこしなれば許されずに歩く
- 巻貝の中 暁の影が射す
- 空に雲 この平凡をおそれずに
- 石鹸の匂いのちが転びおり
- 月光へ泳がせた手に何もない
- 罵倒してしのつく雨の停留所
- 没日見るやさしさすべて失いて
- 雪中の一軒焼いて遊ぼうよ
- 暁のマリアを同罪に堕とす
- 雪水に鬼のふんどし洗い居り
- 子を生みしことは幻 天高し
- 抱かれざる妻のうすむらさきの骨
- 百合みだら五つひらいてみなみだら
- 舌端を朝日に向けて恥多し
- 親をそしられて故郷へ向かう汽車
- 一丁の豆腐に涙したたりぬ
- さびしい鼻の上をお蚕さん這わす
- 桃一個一刀置かれ わが乳房
- 咳きこめば遠くで沈む船がある
- 石棺の手ざわり削りあとに似たる
- 待つことよパリに凱旋門がある
- 合掌の形で蛍つぶしけり
- 今日届く手紙とつばくろを信ず
- 横列の腕の重さはね返す
- 逢うピンク逢わざるピンクいずれ濃き
- 山蟻の中へ素足を下ろすとき
- さるすべりつるりつるりとつれごろ
- 一生かけて一個のバケツつぶせるか
- とんねるへ一人は入って二人出る
- 絵になってからの息せわし
- れんげ菜の花この世の旅もあと少し
- いちめんの椿の中に椿落つ
- ゆくりなく痛みに触れて人と人
- みんな眠った絶叫の花ひらく
- 未定しずか 厨に魚の血は流る
- 生きるかなしみにキリンの首がある
- 逃亡者ないに閉じず真昼の眼
- 蝶の道まちがいきって美しや
- やみくもにおのれかなしく鳴く蛙
- ももいろの猫抱きこれからがおぼろ
- 月を四角と言い張る涙こぼしつつ
- ぞんぶんに人を泣かしめ粥うまし
- ゆっくりと朝日が昇る死者の足
- 北風よ獅子の目尻にたまる水
- この子九つまだ死ねぬまだ死ねぬ
- みつめればただ音もなく降っている
- 平成七年一月十七日 裂ける
- 何の音あれは私が死んだ音
- うららかな死よその節はありがとう